床の間、障子、ふすま、欄間……。私たちが思い浮かべる日本建築のイメージは、室町時代に生まれた書院造りに由来する、組子細工もまた、この時期に生まれ、江戸時代に独自の進化を遂げた。山川英夫さんは、200種類以上ある複雑な組子文様を使い分けるベテランの建具師だ。16歳でこの道に入って以来、和の伝統を重んじる建主たちの厳しい要望に応えてきた。
――中学を卒業して、この道に入られた。
「生まれたのは栃木ですが、学校を出てすぐ浅草の木工所で働きはじめました。親方の奥さんが私と同郷ということもあり、でっち奉公をすることになりました。その木工所は、細かい仕事が得意なところで、8年ほど修行させてもらいました。組子細工は、親方の仲間に名人がいて、その人のもとで教わりました。やり方を覚えたら、休みの日に何度もくり返し練習しました。建具師として独立したのは、25歳のときです。東京オリンピックが開催された年で、景気もよかった。給料は低かったけど、働けば働くほど稼げました」
――東京オリンピック以降、生活スタイルが一変しました。
「私は、単価の高い和物の仕事が中心だったので、それほど影響はありませんでした。逆にバブルのころは、農家の方が土地を売って豪邸を建てていましたから、引っぱりだこでした。時代の変化を感じるようになったのは、平成に入ってからです。大手の建材メーカーが、システム化した建具を安く販売するようになり、建具屋の出番が少なくなりました。それでも、なんとかやってきていましたが、アメリカの金融恐慌が起こってからは、経営が一段と厳しくなりました。昨年、江戸川区の伝統工芸振興会に入ったのは、業界全体をもりたてたいという気持ちからです」
――組子建具の歴史を教えてください。
「組子は、障子やふすまなどの建具の装飾に使われる細工のことをいいます。建具は、平安末期、貴族が暮らしていた寝殿で使われるようになりました。室町時代に書院造りが生まれると、建具はさらに発展して、障子の桟などに細工を加えるようになりました。その代表格が組子で、日本建築独特の装飾技法です。組子細工は、建具師にとって腕の見せ所なのです。一人前になるには、最低でも10年はかかります」
――組子の文様は、どのくらいの種類があるのでしょう。「現在、伝えられているものは、200通りくらいあります。そのほとんどは、江戸時代に生まれたものです。基本となる組み方は、『一重菱』といって、4本の細木を組み、菱形のパターンを作るものです。実は、この組み方が一番難しくて、慣れない人が作ると、うねってしまいます。私がよく使うのは、『麻の葉』という組み方です。正六角形を組み合わせた形が麻の葉に似ていることから、こう呼ばれます。麻は、成長が早く、真っすぐに伸びるので、麻の葉文様は赤ん坊の産着の柄としても使われてきました。ほかには、『胡麻柄亀甲』といって、正六角形の中に亀甲が浮かび上がる柄も縁起がよいので、よく使いますね」
――材料にはどんな木を使うのですか。「私はもっぱら木曽ひのきを使います。たまに秋田杉やヒバも使いますが、年輪が細かいひのきのほうが品があって細工がしやすい。細かいことをいえば、木には、木表と木裏というのがあって、建具屋は、木表が外側にくるように作ります。そうすると、手で触ったときの感触がよくなります。昔の職人は、木の表裏を間違わないよう、目印として『心』という字を書いていました。心を込めて作っているという自負のあらわれです」
――細かい文様は、1000分の1㎜単位で削るそうですね。「くぎを使わずに、木材を細かく組み合わせる組子細工は精度との闘いです。模様が複雑で細かくなるほど、ちょっとした寸法の狂いが全体に影響を及ぼします。熟練の建具師は、1000分の1㎜単位で材料を削っていきます。これは、機械ではできない精度で、職人の勘だけが頼りです。カンナで削るとき、あと1回削るかどうか、そうした感覚は、数をこなすことでしか会得できません。木材は湿度の影響を受けやすいので、雨の日に作業するのは嫌ですね。逆に冬は乾燥しているので、組んだあとに濡れぞうきんでふけば、ピシッと組み上がります」
――組子細工の小物も作っておられます。「一番の人気は、『麻の葉』の組子コースターです。組子細工を一般にPRするため、20年ほど前に考案したところ、いまでは全国で同じような商品を見かけるようになりました。こうした小物でも、上手下手があって、下手な人が作ると、使っているうちにねじれが生じて、ぐらぐらしてきます。ほかには、あんどんを組子で作ったこともあります。最近は、和室が少なくなってきたので、カリンやウォールナットなどの外材を使って、洋間に合う組子細工も研究しています」
写真:岡村靖子 構成:菅村大全
やまかわ・ひでお/
昭和29年 16歳より浅草・角井木工所に入職し、建具見習を始める。
昭和39年 江戸川区の現在地に山川建具を開業。
昭和52年 (有)山川建具に社名変更。法人組織化し現在に至る。
平成6年 この道一筋に建具製作の技術に精進。
伝統工芸修得に励み、成果が認められ、東京都優秀技能者表彰を賜る。
東京建具協同組合副理事長。
他に公職として、中央技能検定委員を務める。
