箒は大きくは、屋外を履く「庭箒」と、屋内を掃く「座敷箒」に分かれる。かつての日本の暮らしでは、どちらの箒も一家に一本の必需品だった。町の中に箒店も多く、江戸川区近辺だけでいっときは40、50軒も箒屋があったという。
電気掃除機や簡易モップの出現、そして中国製の廉価箒が出回る中、新井ほうき店二代目の克己さんは、箒作り60余年、今なお現役で箒を作り続ける日本でも稀少な箒職人である。
国産のホウキモロコシ(イネ科)を素材とし、一本ずつ手で編んで仕上げる新井さんの箒は美しく、強い。
――(箒を編む新井さんの様子を見て)手が大きくていらっしゃる。
「そうですか? もう少し大きいと(材料が)掴みやすくていいのにと自分では思っているんだけど、百貨店の物産展で実演をしているとよく『箒屋さんの手は大きいね』って子どもたちから言われるから、大きいのかもしれない(笑)」
――なぜ、箒作りを始められたのでしょう。
「親父がやっていたんです。親父は埼玉の出身で、修業して東京に出て来て、大正12年にようやく本所に店を開いたら、途端に関東大震災に遭ってしまった。再建してようやく軌道に乗ったと思ったら、今度は戦争で焼けちゃって。戦後は付き合いがあった荒物屋さんの縁で小岩に移り住み、1948年に店を再開しました」
――箒作りはお父さんから教わった?
「はい。親父は明治生まれで、頑固でしたよ。昔気質で厳しくて、ちょっと手が遅いと材料の竹で殴られました」
――作り方でとくに難しいところは?
「箒の善し悪しは穂先の選別で決まります。箒作りはまず、仕入れたホウキモロコシの穂先を一本一本見て、上草と並草に分ける作業から始まります。これが一番大変で手間が掛かる。次は選り分けたホウキモロコシを水に2時間くらい浸けて柔らかくします。茎の部分を麻糸でしっかりと束ねて、まわりを皮穂(かわぼ)を緩まないように巻いていく。厚みを出すために、中にアンコのガラを入れて……けっこう全身を使いますね」
――一本作るのにどれくらいの時間がかかりますか?
「2時間弱くらいですかね。昔は1日12、13本も作ってました。作ったら飛ぶように売れた時代があったんですよ。一家に一本どころか、二階がある家なら、一家に2本は箒があった時代。昭和40年代に電気掃除機が出始めて、早いですねえ、あっという間に箒が売れなくなっちゃった」
――箒の苦難の時代ですね。でも今、箒は見直されてきているように思います。
「おかげさまで最近ぼちぼち、そんな感じがします。昔は座敷箒といえば、畳か板の間を掃くものでしたが、今はフローリングの床で使ってくださる方が多いようですね。隅っこや板の間など、掃除機では取れなかったゴミや埃がはき出せるって。あと、掃除機と違って『軽いし、使っているときに音がしないのがいい』と言ってくださいます」
――どちらで新井さんの箒は買えますか?
「うちの店と百貨店の物産展です。いま、息子が盛岡の百貨店に物産展の実演で出かけています」
――三代目がいらっしゃる。素晴らしいですね。
「いっとき勤め人をしたんだけど、やっぱり箒を作りたいと戻って来ました。どうなるか分からないけど、頑張っているみたいです」
――箒の材料の確保は、心配ないですか?
「はい。国産のホウキモロコシを問屋さん経由で仕入れていますが、大丈夫みたいです。茨城で多く作っていると聞きました」
――こうして店内を見てみると、座敷箒だけでもいろいろな種類がありますね。
「大きく分けると、柄が短い手箒と、柄が長い長箒になりますね。編み方は『東型(あずまがた)』『都(みやこ)』『櫛型(くしがた)』の3種類がよく出ます」
――新井さんの手作り箒と、大量生産品はどこが違うのでしょう。「履き心地に違いが出ると思います。悪い箒は安い輸入の材料を使っているので、ゴワゴワでしなやかさがありません。使っているうちに穂が折れるし、編み方に隙間があるからゴミがよく取れない。うちの箒は一本買うと15年はもちます」
――時代に合わせて、変えている点はありますか?
「今の人たちは重いものを嫌うので、軽く軽く作ってます。材料の量を減らしただけではくたくたの箒になってしまうので、みっしりしていながらも軽く、丈夫に仕上がるように。用途も変えていますよ。昔は『荒神箒(こうじんぼうき)』といって竈を履くために使っていた小型箒は『洋服箒』にしたり、電気ポットの底を洗うための小さい箒も作っています。今の暮らしにもっと箒を取り入れていただきたいですね」
写真:岡村靖子 構成:宮坂敦子
新井 克己(あらい・かつみ)/
昭和4年 墨田区生まれ
昭和22年 江戸川区指定無形文化財に認定(保持者)
昭和23年 江戸川区小岩に移る
19歳の時、先代父親に師事。厳しく箒作りの技術を仕込まれる。
以来60余年、箒の製造一筋に今日に至る。
江戸川伝統工芸保存会会員
主に、百貨店・ホテル・江戸川区地域祭等にて活躍中

