プライバシーポリシーサイトマップ
トップページへ匠の紹介伝統工芸豆知識えどコレ店長瓦版お問合せ会社概要
深野晃正インタビュー

釣りしのぶは、竹の棒などにコケを巻き付け、その上にシノブ(シダ植物の一種)をはわせた観賞用の植木を指す。夏場、風鈴のように軒下につるすと、青々とした緑に涼を感じる。古人の知恵が生きる、和のエコロジー商品といえる。
深野晃正さんは、都内にただ1軒残る、釣りしのぶの工房『萬園』の二代目。妻や息子と一緒に、正統派の釣りしのぶを精魂込めて作っている。


――いろんな形の釣りしのぶがありますね。
「緑だけでなく、造形も楽しめるのが本来の釣りしのぶです。うちでは、大小15種類ほどの釣りしのぶを作っています。 昔からあるのは、井げたや灯籠(とうろう)の形をしたものや、満月の晩を形にした霞(かすみ)、丸いしのぶ玉などです。 このような伝統的なしのぶに加え、井戸や金魚、干支の動物に似せたものなども独自に作っています。こうした複雑な形は、割り竹や木炭などの芯材にコケを巻き付け、針金で結束して作り出します」

――釣りしのぶの起源を教えてください。
「江戸時代の庭師が、手慰みで作りはじめたと聞いています。最初は、自分の庭先で楽しんでいたのが、そのうち人さまにも見てもらいたいと思ったのでしょう。出入りしていた屋敷へ、中元として釣りしのぶを贈るようになった。それが広まって、幕末には、夏の風物詩として庶民も楽しんでいたようです。もともとは、江戸で生まれたものですが、いまでは、全国の植木市や縁日、百貨店などで売られています」

――最近は、コケ玉をアレンジした安価なしのぶを見かけます。
「コケ玉にシノブを着生させること自体は、それほど難しくありません。ですが、コケを複雑な形に仕立て、型くずれしない釣りしのぶを作るには技術がいります。青々とした釣りしのぶにするために、シノブや山ゴケといった材料をまず十分に吟味します。芯材や結束に使う針金の材質、シノブをつける向きや本数など、細かいところにも気を配ります。シノブは、ワンシーズンしかもたないと考えている人がいますが、うちの釣りしのぶは、手入れさえ怠らなければ、5年以上もちます。そもそも、シノブという名前自体、寒い冬を堪え忍び、春に再び新芽を出すことに由来しています」



――材料はどうやって入手されるのですか。
「残念ながら、シノブやコケは、自分で栽培することができません。そこで、地方に住む山人(主に炭焼き職人や猟師)に頼んで採ってもらうか、自分たちで山に採りに行くのですが、これが大変な重労働なのです。シノブは、朝露夜露がたっぷりと降りる沢沿いの岩肌や木の幹に着生しています。そういう山深い場所にたどり着くだけでもひと苦労です。シノブと違い、コケは、見つけようと思っても見つけ出せるものではありません。山中を歩き回るため、まむしが出ない真冬に山へ入ります。親父の代は、それでも協力してくれる人がいましたが、いまは皆さん、町場の仕事についたり、高齢化してしまい、材料を仕入れるのがとても難しくなりました。『シノブもコケも、山に行けば、ただで手に入るから、いい商売だな』といわれたことがありますが、金で買えたら世話ないですよ(笑)」

――製作はどのように。
「まず、適当な長さに切った割り竹や木炭、杉板などを、コケで丁寧に包み込みます。その上に、芽が出る前のシノブの根をはわせていきます。次に銅線を使って、芯同士を固定し、井げたや灯籠の形に組み上げます。次に、シュロ縄の持ち手をつけ、全体的なバランスを整えます。完成したら、栽培棚につるします。春先はビニールハウスの栽培棚を作り、暖かくなったら、よしずの栽培棚に移して、葉が茂るのを待ちます。釣りしのぶの原型は、頑張れば1日20個くらい作れますが、材料の入手や栽培の時間も含めると、大変な手間がかかっています。父は、『コツコツやるほど強いものはない』とよくいっていました。昔は、年間1万個くらい作っていましたが、いまは材料が手に入らなくなったので、しのぎを削って、年間3500個を作るのがやっとです」


――釣りしのぶを長く楽しむこつは。
「シノブは、夏に緑の葉をつけ、秋には枯れてしまいます。でも、春になると、残った根っこから芽を出します。毎年、芽吹かせるには、夏場に枯らさないこと、冬場に完全に乾燥させないことが大切です。夏場は、直射日光を避けて、釣りしのぶの下側が乾いたら、水を与えるようにしてください。水をためたバケツの中に2、3分ほど浸すと、十分に水を含ませることができます。10月ごろになって、葉が枯れはじめたら、数日陰干しして、新聞紙に包み、ビニール袋で密封して保管します。翌年、桜が咲くころになったら、日の当たる場所に出して、水を与えると芽が出るはずです」

――息子さんも同じ道を目指されています。
「私が8年前に胃ガンで入院したとき、息子が勤めていた会社を突然、やめました。ところが、家の仕事をやるのか、やらないのかはっきりしない。それで、しばらく様子を見ることにしました。入院したのは植木市の前でした。植木市というのは、1回店を出すのをやめると、権利を失ってしまいます。退院してから、あきらめ半分で、植木市を見に行ったら、うちの小屋が建っている。誰が作ったかと思ったら、息子でした。『小屋の作り方なんてどこで覚えた?』と聞いたら、『見てりゃわかるよ』なんていう。いまうちで作っている釣りしのぶの3分の1は、息子の手によるものです」

写真:岡村靖子 構成:菅村大全

ふかの・てるまさ/

昭和16年 江戸川区生まれ。
父(深野高司)のもとで修行し、代々続く東京で唯一の釣りしのぶ「萬園」を継承。
平成6年 江戸川区指定無形文化財認定。
平成9年 第15回江戸川伝統工芸展区長賞受賞。
平成18年 国際見本市「100%デザインロンドン」参加。
平成22年度「東京都優秀技能者(東京マイスター)知事賞」受賞

・東京都伝統工芸技術保存連合会江戸川地区会員


酒林(杉玉)
深野晃正 代表作 「酒林(杉玉)」
釣りしのぶの中でも球状で最も典型的な丸型のしのぶ玉(くす玉)は杉玉とも呼ばれています。形状から保水性が良く新芽が着床しやすい、十分な成長が見込めるという特質から長年鑑賞ができるものです。江戸時代の末期から今日まで最も愛用されてきています。深野さんは、更に技術を加え、特別に「酒林」と名付けています。酒の神を祭る三輪神社は杉を神木としその縁ある酒屋で杉の葉を束ねて球状とし、軒先にかけて看板とした姿をイメージしています。更に新種のお酒が出来ると酒蔵に吊るすという風習もあり、釣りしのぶとして表現するのに相応しいことから命名しています。
井戸
井戸
 
井戸
森の小玉
森の小玉
 
森の小玉
涼
- 涼 -
 
涼
凛
凛 rin
 
凛 rin 

.

深野 晃正の作品を購入する
深野 晃正についてのお問合せ

えどコレマイスタートップへ

新井克己インタビューページへ
一ノ谷禎一インタビューページへ
奥田禄郎インタビューページへ
草薙惠子インタビューページへ
後藤明良インタビューページへ
小室輝夫インタビューページへ
笹谷義則インタビューページへ
篠原裕インタビューページへ
高橋栄一インタビューページへ
高橋英雄インタビューページへ
田中松夫インタビューページへ
新倉綾子インタビューページへ
野中美恵子インタビューページへ
林信弘インタビューページへ
深野晃正インタビューページへ
細野勝インタビューページへ
松井宏インタビューページへ
三橋京子インタビューページへ
山川英インタビューページへ
山口敦雄インタビューページへ
山富繁子インタビューページへ